スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

石について書くことへの躊躇

toishi-katana.gif

5拍手感謝書き込み。

別にもったいぶっている訳ではありません。
だが、何でもずけずけ書いていると言われる私でも、
砥石について書くことには若干躊躇するものがある。

以前ナイフマガジンの取材を受けた時、
研ぎや、砥石の写真や、あまり詳しい事は載せない方がいいと言われた。
その時はどうしてか分からなかったが、言われるとおりにした。
それでも編集部への反応は凄いものだったと聞かされたことがある。

その当時、削り自慢の集まりで、
研ぎや砥石について多くの人間が語っていたように記憶する。
中には、世界で自分が始めての研ぎや砥石の研究者だ。
と言っている人もいたような。
人が集まる所にはまた、色んな人間が集まって来て、
そこでの事が、あたかも世界の総てあるかのような錯覚を
起こすことがある。集団心理だろうか。

刀剣は言うにおよばず、
研磨はあらゆる物の製作、製造の基盤であり、
戦時中は国家を挙げて研究していた。
ほかにも刃物や研ぎを研究していた者は多くいただろうが、
専門的な世界なので、あまり表舞台には現れないものだ。

だが、時流にのりテレビや雑誌に取り上げられると錯覚に陥る。
自戒も込めて冷静に判断しなければならない。

時に、自分だけが特別に扱われているような錯覚を
起こすことがあるように思う。
そういう人たちの多くが、
自分は特別にいい物を、安く分けてもらっている。
と、書いているのをよく目にした。

いい石は黙っていても高く売れる。

経験上、多くの砥石屋は最高の質の石はあまり見せたがらないものだ。
見るだけではっきりと違いの判る物もある。
いい物を知れば、目が利くようになり、騙し難くなる。
そういう相手と対峙し、戦わずしていい石を手に入れることは難しいと思う。

人間国宝の刀剣研師の本に、確か、
”砥石屋は、今回の物は最高で、もうこれ以上の物はありません。
と、毎回同じ事を言って砥石を売りに来る。”
と言うようなことが書かれたあったと思う。
また、”自分達は技術的には江戸時代の研師に負けないが、
使っている砥石が違うから、彼らの仕事に及ばない。”
と言うようことが書かれてあったと記憶する。

研師にとって砥石とはそれほどに重要な物だが、
人間国宝をしても、座していい石を手に入れることは難しいのだ。
人間国宝なほもて難義をす、いわんや常人をや。
と言うことだろう。

で、戦いの末手に入れたのが、写真右の内曇刃砥である。

実際、木工作業用の研ぎにおいて内曇は必要ないのですが、
どうしても内曇刃砥を手に入れたかった。
それは刃物の裏を研いだ時の美しさです。

江戸鍛冶の左久作、現三代目は、切れるのは当然として、
売り物の刃物をいかに美しく見せるか、という研ぎを
永年研究していて、私もそれに感銘し教えを請いました。
その時もっとも感銘を受けたのが、裏の輝きで
その真珠のようなきらきらとした肌は何とも言えず妖艶で、
不覚にも魅入られてしまったのが、内曇行脚の始まりではあります。

わざわざ刃砥と書いてあるのは内曇にも地砥があるからです。
今はほとんどが本来地砥と言うべきものだと思いますが、
色々差しさわりがありあまり詳しく言えませんのであしからず。

写真中央は刃艶砥、大平。
左は地艶砥、鳴滝。
刃艶、地艶は知る人も少ないと思いますが、刀剣研磨用の石です。
共に薄く割って裏を和紙で補強して使用。
いずれも薄く割れるような層状の石質で
今では手に入れることが難しい物です。
似た物はありますが、判別は難しいかもしれません。

と言うことで、今日はここまで、、、

スポンサーサイト
プロフィール

barkintherain

Author:barkintherain
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。